風雲児  烈風伝
 ・滑って転んで硫黄島  掴んだ血染めの尾長グレ

2009年 1月16日  鹿児島県 硫黄島
・出港
午前3時半に枕崎港の岸壁を離れた「黒潮丸」のキャビンの毛布の中で私は目をつぶり、戦いの時を今か今かと待っていました。

この船の真正面の暗闇の中に鎮座しているであろう硫黄島は、もちろん太平洋戦争のあの激戦地ではありません。
鹿ヶ谷事件の首謀者・俊寛(しゅんかん)らが流された「鬼界が島」として『平家物語』に登場する島が、竹島・黒島とともに薩南三島を形成する、この硫黄島だとされています(異説あり)
そこは今なお活発な火山活動を繰り返している島であり、島の周囲の海は流れ出した硫黄で黄色や赤に変色していると聞きます。(それで別名が「黄海が島」→「鬼界が島」)

そんな薩摩硫黄島は知る人ぞ知る巨グレの島!
黒潮と、溶岩が織り成す複雑な地形に育まれた、まだスレきっていないグレたちが我が物顔で泳ぎ回っているのです。
「遥々と多くの波路を凌いで行く処、おぼろげにては船も通わず」という秘境の島ではありますが、海さえ凪いでいればこの高速船・黒潮丸の足ならば枕崎から1時間半で到着です。

慌しい人の動きで目を覚ますと、そこはもう硫黄島の沖でした。
サーチライトの光の輪の中には夜空に向かって轟然とそそり立つ巨岩!
渡船を威圧してくるかの如き威容を誇るは「竹島ノ鵜瀬」。上物だろうが底物だろうが、この硫黄島を代表する名礁です。
そして目を上げ、首を回せばそこには硫黄島の主峰・硫黄岳が白い噴煙を朦々と巻き上げながら、標高703.7mの巨体に闇の中にも圧倒的な迫力をみなぎらて仁王立ちしています。

憧れだったこの風景。ネット仲間の「かまちゃん」の釣行記の中と夢の中でしか見られなかったこの世界まで、遂にやってきたんだ!という感激が武者震いとともに込み上げてきます。

・開戦!平瀬、低場
             名礁・竹島ノ鵜瀬!

黒潮丸はこの名礁・鵜瀬に底物師1名と上物師2名を乗せると船首を回し、鵜瀬の西南西に浮かぶ平瀬の低場へ。
ここで私の名前が呼ばれました。
船長からマイクで詳しいポイントと釣り方のレクチャーを受けてから、裏側より渡礁。

この平瀬も鵜瀬と双璧を為す別格の名礁です。特に尾長の確率は硫黄島でも最も高いそうなのです。
されどここは磯が低いため潮回りが大きい時に上がることは難しく、そのため磯の上には海苔がビッシリ生い茂り、さらに平瀬という名前が詐欺であるかのように平らな所などほとんどありません。移動には細心の注意を要します。

只今時刻は5時過ぎ。大尾長のチャンスは夜が明けるまでの2時間。1分1秒たりとも無駄にはできません。
竿にリールを取り付けると、一発で道糸に通せるように用意してきたパーツをセットし、針を結んできたハリスを接続。

カゴ釣り用遠投4号の竿、アルテグラ1万番というリール、道糸10号、ハリス12号1ヒロにマダイ針11号、電輝ドングリ3Bのウキ下は2ヒロ。
今の私が用意できた精一杯のタックルはいかにも大げさに見えるのですが、この島は石鯛竿に月夜で12号から16号ハリス、闇夜ならワイヤーハリスで挑むのが正解らしく、それでも問題なく食ってくるという恐るべき世界なのです。

タックルを組み上げると、ケミホタルを一本折ってバッカンの餌の中に突き刺し、迅速に、かつ慎重に硫黄島向きのワンドに移動。磯際に撒き餌を打って、磯に沿って回遊してくるという夜尾長を足止めし、仕掛けも磯際に貼り付けるイメージで迎え撃つのです。
少しでも仕掛けが沖に行くと、西へと向かう早い流れに捕まってしまいます。
立ち位置を前後左右に変えながら、ワンドの中に仕掛けを留めるよう必死であがきます。
はやる気持ちを抑えながら今か今かとウキ入れを待ちますが、サシエはたまに取られる程度。
仕掛けの中ほどに取り付けた「からまんホタル」が明るすぎるのかと取り外してみたり、サシエを少しでも大きく目立つようにとボイル替えてみたりして可能性を探っていきます。
薩摩潟沖の小島にエサありとグレには告げよ八重の潮風。

平瀬・低場からの硫黄岳。標高703m、活動度ランクAの活火山。
引きつけた仕掛けがワンドの角を離れ、沖の本流に捕まったその直後、電輝ドングリの赤い光が横滑りするように走りました。

きたっ!!!

反射的にアワセ!イメージトレーニングを積み重ねてきた糸を抜くようなアワセ!
強烈なパワーがロッドと両腕を襲います。そのパワーをいなすように、竿を大きく回して魚を下流の壁から引き離しました。
すると魚は一転足元へ、上流へ、沖へと縦横無尽に全速力で走り回ります。されどシマノ磯遠投EV4号のそれを上回る剛力は、ドラグさえ出させずに着実に彼の体力を奪っていきます。

何度も何度も足元への諦めない突進を余裕を持って阻止すると、魚はついに浮上を始めました。
流しやすい足場を求めて動いていたのでタモは5mほど横。
取りに行かねばと足を踏み出した瞬間、ズルッ!と足を滑らせ、バッカンを蹴り飛ばしながら海苔に覆われたでこぼこの丸い磯の上に派手な尻餅をお見舞いしてしまったのです。 痛たたっ!
転んでも勿論竿は放しませんが、魚はこの隙を逃しません。最後の力を振り絞って真下に突っ込んでいきます。
ファイトを開始してから最も凄まじい突進、いったいどこにこれほどの力が残っていたんだっ!!
私は立ち上がることもさせてもらえぬまま、膝を突いて竿にしがみついています。それでもこのタックルが負けるはずがないっ!!
この攻防でさすがの魚も力尽き、仄暗い水面にその体を横たえました。足場の低いのも幸いして無事にタモ入れ成功!

午前5時44分、磯の上に引き上げてドキドキしながらキャップライトをON!
灯りに照らされたのは尾長だ!南九州で言う所のワカナだ!やった!後に釣具屋で検寸して57,5cmの尾長グレ。
こんなの釣ったの何年ぶりだろう!これで今日の釣りを終えてもいいという程の充足感に包まれながら針を外し、安全な平らな場所で〆ようと、タモ網に入れたまま船着きへと急ぎます。さっき痛い思いをしたことも忘れて。
ズルッ!ボテッ!!
直角三角形のような岩の斜面を登り越そうとして足を滑らせ、今度は強かにアゴを強打。一瞬気が遠く・・・。

 57,5cmの尾長グレ。
 アゴの痛みの影響か、
 まともな写真がありませぬ。
  平瀬低場、尾長がヒットしたワンド。左沖は鵜瀬、右沖は竹島。
尾長の処理を済ませて釣り座に戻り、更なる一尾を目指してアゴから血を滴るのも構わずウキを流し続けますが、その後は一度そこまで大きく無さそうな魚の針外れが一度あったきりで夜明けを迎えてしまいました。
大急ぎで夜釣りタックルを片付け、昼用のツインパワー2号に、インパルト3000番、道糸3号、ハリス3,5号に速攻グレX7号をセット。
3号ラインが0.6号くらいに見えます(爆)

     日の出後、7時23分に仕留めた43cm
夜が明けたことで様々な魚が一気に動き出したようで、撒き餌を打つと矢のように突っ込んでくる魚達。
グレもいます。イサギのように見える魚もいます。カラフルなベラ。ソウシハギの巨体。そして「かまちゃん」から覚悟しておくようにと忠告されていた最強のエサトリ、イスズミの集団。
正面に撒き餌を馴染ませておいて、上流のサラシを利用して3B段シズの仕掛けを馴染ませて流し込んでいくと、居合道でも見ているかのようなスピードでウキが消し込みました。
一直線に突進する気持ちのいい引き。
先手必勝!魚に翻弄されるより先に、竿で引き回して魚を翻弄し、素早く浮かせてタモ入れ。
よし!43cmの見事な体型の茶グレだ!

勢いに乗って同じ戦術で30〜40cmのイスズミを交えながら30cmの尾長、キヌベラ、ハコベラを追加。

しかし、ここから先は状況が一変しました。
これまでも散々邪魔をしてきていた、60〜70cm大きな団扇のような尾鰭を持ったソウシハギの数が、最早手に負えるレベルを超えてしまったのです。
足元にも沖にも、右にも左にもその薄紫に見える巨体が翻っています。

     ハコベラ
四国の沖の島・鵜来島などで釣りをしていてもたまに見かけるソウシハギ。
動きも遅く、引きも弱く、あんなものウスバハギの数十倍は楽な相手だと、私も正直この日までは思っていました。
が、ホームグラウンドの南の海で戦うヤツらの実力はそんなものではありません。
沖つ白浪の寄せては返すたびごとに、ウキを海にと浮かべけれども、四国では想像もできない瞬発力を発揮し、サシエは全く残りません。いや、それどころか、投入して10秒もしないうちにハリスは傷だらけ、針はチモトを噛み切られて戻ってはきません。
打ち返しては針を結び、打ち返してはハリスを替え、一箇所に撒き餌を集中させて潮下や潮上に仕掛けをそっと投入してもこの魚は思うようには動いてくれず、どこに投げても別働隊がサシエを見逃さず猛然と突進してきます。
これでは覚悟していたイスズミにすらエサが届かないではないですか。
この澄み切ったマリンブルーの潮の中ではどうしてもソウシハギの目をかいくぐることは不可能でした。

このソウシハギ、針に掛かっても口が固いためかことごとく外れたり噛み切られたり。
釣り上げたにしても内臓にパリトキシンという猛烈な毒を持っている恐れがある上、リスクを犯して食べたとしても味も良くないというから更に腹が立ちます。

 正面に平瀬高場、その後ろは黒島。左手は硫黄島本島
渡礁の際に「9時に見回りに来ますので瀬替わりするのなら準備しておいてくださいね」と言われてましたので、この状況では勿論言葉通りに。
荷物はまとめましたし、船が来る前にもう一度クーラーの中のあの尾長を覗いておきましょうかと、クーラーの蓋を開けて愕然としました。
氷に当たった尾長は微妙な色合いに変化しています。
何だ!この頬の辺りに浮き出た縞模様は!?
この魚、元々どうも寸詰まりな、一見尾長らしからぬ雰囲気の顔つきをしていた事もあって、「やられた!」私の顔は見る間に蒼ざめてしまったのです。

ノトイスズミという魚が居ます。
その大型は歴戦の磯釣り師やプロ中のプロである渡船船長が見間違った例もあるほどに尾長グレに似た雰囲気を持っており、尾長グレだと思っていた魚が実はノトイスズミだったという話もたまに聞かれたりするのですが、私もてっきり、それをやらかしてしまったかと・・・。
唇や歯を見れば見分けは一発なんですが、この尾長グレ、夜が明けてから港に上がるまでなぜか、私の中ではノトイスズミに化けてしまっておりました。
・・・。思い込みって怖い・・・。
しかしこの思い込みが慢心を押さえ込み、後半の集中力を呼び起こしたのかもしれません。

・瀬替わり。昭和硫黄島(新島)へ。
                    薩南三島の一つ、竹島 (左) と 新島こと昭和硫黄島 (右)    
見回りに訪れた黒潮丸は、鵜瀬の、石鯛を仕留められた底物師と、尾長を掛けるもののサメの攻撃に泣く上物師に手を振った後、鵜瀬の南東にある「昭和硫黄島」に私を運んでくれました。
「新島」こと昭和硫黄島は、その名の通り昭和9年の海底噴火により、その年の12月9日に突如として出現した溶岩の島。
その噴火も昭和10年春には収束し、今では魚影抜群の人気ポイントとして釣り人を迎え入れてくれているのです。

私は南側の船着きから渡礁しましたが、船着きはサイズが小さいらしく、船長お勧めのポイントは少し歩いた右手の方。
でっかいゴロタ石のような似たような岩の上を、沖から船長に指示してもらいながら移動し、「そこです」の声でバッカンを置きました。
「撒き餌を打っているとその岩と岩の間からクロ(口太グレ)が湧いてくるから、浅くして狙って。ここは日中でも尾長が来ることもあるからハリスは3号くらいでやってね。」
さらに船長からは「小さいクロも来るけど、釣れたらリリースしないでください。私がもらって今夜食べます!」ポーターさんからは「小さいのは要らないけど、大きなイスズミが釣れたら私に下さい!」と、魚の発注。こりゃ責任重大だぞぉ(笑)
そして船は「1時10分頃に回収します」と告げて去っていきました。

 溶岩の島、昭和硫黄島。
  バッカンの位置が船着きだが、グレはサイズが小さいんだそうな。
釣り座の正面には屋久島、左手に竹島、右手には口永良部島と、中腹からも噴煙を上げ続ける硫黄岳。
そんな沖からは寒波の名残なのか、小さいながらもうねりが押し寄せ、大きなサラシが水面直下にまで頭をもたげかけているシモリを越えて伸びて、その沖10mほどにあるもう一つのシモリとの間で切れています。
どうやらこの狭いスペースが本命のポイントの様子。
タイミングを計りながら足元に撒き餌投入しておいて、相変わらずの3Bのウキを、今度はウキ下1mの固定にしてサラシの切れ目で張っていると、一投目から25cmのイスズミ。まあこれはリリースでいいでしょう。

しばらく撒き餌を続けているとグレはなかなか見えないものの、イスズミ、ヒメジ、何種類かのイラブチャー(南方系のブダイ類)など様々な魚が乱舞を始めました。嫌な嫌なソウシハギも集まってきましたが、先ほどの平瀬のような数はいないので助かります。

その後も25〜40cm手前までのイスズミが連発しましたが、1時間ほど経ったころからようやく竿を叩かないシャープな引きが竿に伝わってくるようになりました。
待望のグレです。35cmの口太、続いて30cmの小尾長が数枚。
沖でサシエを合わせても食ってくるのはイスズミかソウシハギ、リュウグウベラ。やはりグレのポイントはシモリとシモリの間のサラシの切れ目か、あるいはもっと手前の洗濯機のようなサラシの中でした。

サラシの中に出たり入ったりしていた60cmクラスのブルーに輝くイラブチャーがヒットするも、針は歯にでも掛かっていたのか、一のしで外れたその数投後、再びウキが勢いよく引き込まれました。
竿に響くはなかなかの大物の感触。
イラブチャーがまた掛かったのかとも思いましたが、勢い余ってサラシを割って身を躍らせたのはまた別なブルーの魚体でした。
少し勢い増したをうねりを受けて大きく払い出したサラシにも乗って右のシモリ、左のシモリと散々走り回った挙句に、魚も水面も激しく上下する棚の上のタモ入れでも一苦労させてくれた47cmは、残念ながらイシダイによく似たシルエットを持ったテンジクイサキというイスズミの一種。船長曰く、オキナメジナとイスズミの相の子(笑)
これでポーターさんへのお土産は確保完了ですな。

       テンジクイサキ 47cm
腕は痛いけど手を緩める暇はありません。足元へ撒き餌を続け、ポイントに仕掛けを入れ続けなければ。
この素晴らしい島に居られる時間は矢のように過ぎていっています。

シモリ際でまたまたヒット。そのままシモリに突き刺さるかのように突進され、やられたっ!と思ったけども間一髪、勝負はまだ続いています。
凌ぎきったと同時に全力で反撃、ナイスな口太が水面に身を横たえましたが、勝負はここから。難関はやはりうねりのタモ入れ。

魚が網に入ったかと思われたその瞬間、ドカーン!と襲い掛かった一発波。タモの柄が大きくしなって今まさに切り立った磯際に叩きつけられようとしています。
私は掴んでいたタモの柄尻を大きく前に突き出し、波の力を逃がすように網と枠を後方へ抜き、どうにかタモの柄の破損から逃れました。
タモの柄はああいうときは見事なまでに簡単に叩き折られ、タイタニック号ように垂直に沈んでいきますからね。
かく言う私はこれまでに2本折られています。

話が逸れましたが、グレはその後無事にタモ入れ成功。38.5cmの口太でした。

その後もイスズミを挟みながらもグレは激しい白泡の中で竿を絞り込んでくれ、38cm、36cmの口太や尾長等を追加したところで遂にタイムアップ。

そして黒潮丸の船尾、波間に小さくなっていく硫黄島。
ああ、いっそあの俊寛のようにこの島にいつまでも留まっていたかった。
素晴らしい魚達と風景に囲まれて過ごした濃密な時間、まずいな、病み付きになってしまいそうだ。
見られなかった島の反対側、温泉成分で変色した海、立神、永良部崎、恋人岬の橋、硫黄島の集落とその人々・・・
心残りも沢山あります。夢もいっぱい残っています。
ひとまずさらばだ、硫黄岳。またこの地に戻ってくるその日まで!






帰りに「ポイント八代店」で魚拓をお願いしたら
快く取ってくれました。今、玄関で泳いでいます。
                 最後になってようやく晴れ間が。
 ● 硫黄島 ioujima
利用渡船 黒潮丸 出港地 鹿児島県枕崎市・枕崎漁港
時間(当日) 3:30(枕崎発。航程約90分)
〜13:10(回収)
料金 13000円(昼釣り(日帰り))
駐車場 無料 弁当 無し
宿/仮眠所 無し システム 磯割りあり??
磯替わり あり 餌の用意可
*データは釣行日のものです。間違いや営業内容の変更があるかもしれませんので、
必ず渡船店にご確認ください。(内容については一切責任を負いません)
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