風雲児  烈風伝 外伝!

管理人ただ今喪中につき、釣りを封印しておりますので、今回は過去の釣りの事を書いてみようと思います。

私の住む兵庫県西播磨の海には大きな魚があまり生息していませんでした。
普通に狙って釣れる魚で40cmを越える魚種といえば、長物を除けばチヌ・スズキ・ボラ・メナダくらいしか思い当たりません。沖合いの家島に多いコブダイも地では見かけませんし。
そんな海を20kgから30kgにも及ぼうかと思える巨大魚が闊歩するようになったのは、平成10年ごろからだったでしょうか。

初夏から秋にかけて播磨灘に押し寄せてくる鳶色(とびいろ)の魚体。
それは時には1尾で、時には大規模な編隊を組んで水面近くで翼をはためかしながら悠然と進み、時折沖合いで高く高くジャンプしては巨大な水柱と爆音を作り出し、岸辺の人々を驚かします。
やつらの名はナルトビエイ。

この、五島列島にある奈留島(なるしま)の名を冠した鳶色の(あるいは飛ぶ)エイが、突如として瀬戸内で勢力を拡大し、漁業に深刻なダメージを与えている様を伝えるニュースは、もはや風物詩的なものになってしまった感がありますが、軽重に格段の隔たりがあるとはいえど被害を受けているのは釣り人だって同じです。

ナルトビエイは岸壁に張り付くようにしてムラサキイガイや牡蠣をこそげ取り、またシャベルのような口吻で底砂を掘り起こして二枚貝や小動物を貪り食いますので、ムラサキイガイで岸壁を狙う落とし込み釣りや、投げ釣りの虫餌などは一たまりもありませんし、フカセやルアーでもその巨体と生息密度ゆえスレ掛りが多発します。
たちまちロッドはひん曲がり、強烈な引きが楽しめる・・・なんて言っている場合ではありません。
何せ相手は横幅1m超、重さ数十kgのシロモノです。どんな結末が待っているかは考えるまでも無いでしょう。


1999年夏、この大物に一人のゲテモノ五目釣り師が立ち向かいました。

場所は新波止建設前の相生湾・鰯浜漁港、手にするタックルは4号の磯遠投竿に巨大リール、道糸は確か8号だったと思います。
それにボラ掛け用のギャング針を直結し、端糸に丸玉オモリを結んで操作性を上げたものでした。
非道な釣りとは思いますが、過去の事ですのでお許し願いたい。

仕掛けをセットして波止を見回っていると、早速足元のテトラ際まで寄ってきて餌を物色しているナルトビエイを発見、そっと近寄って進路に針を沈め、近寄った所で大きくシャクリ!
何度か失敗しましたが、程なくエイのどてっ腹にギャング針が突き刺さりました。
エイは驚き、大きな翼(ヒレ)を振り上げて一気に沖へ走ろうとします。
リールのドラグは大きな音を立てて糸を送り出したのですが、それでも間に合わず8号の道糸はブッツリ。
どうやら突進時の水圧で切れたようです。

気を取り直して仕掛けを作りなおし、30分ほど待っていると、またエイが回遊してきました。
静かに追跡し、仕掛けを投入・・・ガシッ!! 
再び針がエイの巨体を捉えると、すかさずリールのベールをオープンにしてフリーで疾走させました。
70mほど走って動きが鈍った所でベールを戻し、後はドラグの力と釣り人のフットワークで勝負。
とは言え、最初の突撃さえ凌げば比較的楽に寄せてくることができました。しかし本当にしんどいのはここから。

このナルトビエイも尻尾の付け根に毒針を持っているのでハンドランディングをする気にはなれません。
しかし60cm枠のタモに折り曲げてどうにか収め、引き上げようとしたところでどうにもなりません。
それもそのはずです。体幅1mオーバー、全長は長い長い尻尾まで含めると2m、泳いでいる所を上から眺めているだけでは分からなかった体の厚みも20cmは越えていたと思います。そんな魚の重さたるや・・・

幸い釣り場は波の穏やかな瀬戸内。波止も低く、小さく安定したテトラが海面までしっかり組まれていましたので、タモ枠を抱えてズルズルズルズルとちょっとずつ引っ張り上げて、どうにか波止の上へ。
そして持参の植木の剪定バサミで間合いを取りながら毒針を切り取ったところで、精根尽きた私も波止の上に同じように転がりました。

しばらくして私は、20kgをはるかに越えるナルトビエイを抱えてヨタヨタと炎天下の波止を歩いていました。
小さな漁港なのにゴールが遠い遠い。
そうしてようやくたどり着いた車にエイを無理やり積み込み、行き付けの釣具屋(今はもうありません)へと向かったのです。

釣具屋のドアを開けるや
「ごっついの釣ったで!魚拓取ってくれへんやろか?」 と私。
「ええで!ええで!魚、持ってきて!」 と快諾する店員。
「じゃあ、取ってくるわ〜」 と車に戻る私。

さてはデカいチヌでも釣ってきたなとでも思ったのか、普段から心安くしていた店員はワクワクして魚を待っている様子です。
私は背中でドアを押して中に入ると、くるりと向き直りました。そして、
「この魚なんやけど!」
と、巨大なエイをズイッと突き出しました。
店員、すかさず
「帰れ〜〜!!」

皆で大笑いした後、店員は写真を一枚撮り、店内の一角に貼り付けました。
写真といっても前世紀のことですので、ポラロイド写真です。

さて、このナルトビエイ、どうしたものか・・・
エイでもアカエイなんかはよく利用され、魚屋でも普通に見かけるのですが、このナルトビエイは不味で通っているエイなのです。
今となってはあちこちの漁協でレシピが開発され、旨い旨いと食べてみせるレポーターがテレビに映っていることもありますが・・・

釣り人は悪食家の風雲児、この魚ももちろん試食したんだろうとお思いでしょうが、実はそうではありません。
あまりにも大きすぎるこの魚体。こんなもの捌きようがありませんし、家族で数日がかりでも食べ切れそうにありません。
それにこの日は午前中に家島へ行っており、旬の、しかも回遊物のハネ(スズキの若魚)というご馳走を手に入れていたのです。
仕方が無い、処分するか・・・

行きつけの釣具屋は道路を挟んで小さな川と面していました。
海からは1.5kmほど上流になりますが、満潮時には満々と潮が入り込んでくる汽水域。ちょうどこの辺りが潮止めに当ります。
とりあえずここに放り込んでしまえ!と重たい重たい巨大なエイを抱えて道路を渡り、川を覗き込んだその時、たまたま通りがかった老夫婦に声をかけられました。
「その魚、凄いですね!! それって、カレイですか??

「・・・・・・・えっ??」

思わず絶句してしまいましたが、ともかくエイを干潮の川に放り込みました。
満ち潮が来れば海まで流されて一件落着でしょう。(おいおい、不法投棄と違うんか??)


翌日、釣具屋に行くと、釣り仲間でもある常連さんと、昨日は休みだった店長が話をしていました。
「あのトビエイ、最近はこんな所まで入ってくるようになったんやな!」
朝、子供を徒歩で幼稚園まで連れて行く途中、川を覗き込んだ子供が大きなエイが死んでいるのを見つけて親子で驚いたという話でした。

「海で見かけるのは大分慣れてきたけど、まさかこんな川で見かけるとは思わんかった。あんな大きな魚がこんな小さい川にまで入ってきてるとは!自然って想像を超えるなあ〜!と子供と二人で関心しとったんや  
・・・・・・ん?」
そこまで喋ったとき、ふと視界に入った昨日のポラロイド写真。
目をパチクリさせた後、くるっとこっちに向き直って

「お前かぁ〜〜〜!!!」



あれから10年、上を歩いたら海を渡れそうにも思えるほどのエイの大群を見ても誰も驚かなくなりました。
しかしまだ、あの川の潮止めで生きたナルトビエイを見たという情報はありません(笑)

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