・第一楽章 北の怪物(2009年2月〜2010年1月) アンダンテ 〜 アレグロ・コン・ブリオ
その重量は40キロにも達し、その全長は何と5mという記録を有する世界最大のタコ、それがミズダコ。
その名前はもちろん知っていましたし、これまでに特に意識もしないまま食材として口にしていたことでしょう。
ですが、あんなものは釣り人の手の届くようなシロモノではない、そう思い込んでおりました。
2009年2月、ネット仲間の画像掲示板に貼られた一枚の画像を見るまでは・・・。
新潟県の一人の人物によって仕留められた15kgのミズダコの画像。
私は驚愕し、その人物が運営するHPへのリンクを即座にクリックしました。
「男の縁側」さんのホームページ。
そこで私にもたらされた情報は、あの巨大なミズダコが冬場、防波堤のヘチにまで接岸するという事実。
そして新潟においてミズダコとは、シーズンになれば釣具屋に専門コーナーが設置されるほどにポピュラーな釣りの対象であり、30キロクラスが何杯も釣り上げられているという事実。
冬場の日本海にこんな凄い釣りがあったとは!
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わが師匠、男の縁側さん
と、19kgのミズダコ |
ところでこのミズダコ、私にも手の届く山陰エリアでも釣れたりしないのだろうか!?
狙っている人がいないので釣りに関する情報は皆無ですが、調べてみると兵庫県や鳥取県でも地元の漁師によって捕られたものが港の直売所で売られているようです。
また、近いところでは福井県の越前海岸の波止で高校生釣り師・「たか君」が、ミズダコ釣りを楽しんでおられます。これはもしかすると!?
後に知った情報によると、ミズダコの分布域は五島列島や駿河湾(土佐湾で捕れたこともあるそうな)にまで広がっているとの事。
瀬戸内は壊滅、四国でもグレが不調となる時期にこそ挑戦できる怪物、うぉぉぉ〜、やってみたい!!
そんな私の前に立ち塞がった壁は1にも2にもタックルでした。
専用タックルなど当然こちらでは手に入りませんので、釣具屋やホームセンターを巡り、ネットでは男の縁側さんに教えていただきながら代替できるような道具を探すも、いい案は見つからず月日だけが流れていきました。
ターゲットが生息しているのは分かっているのですが、それが手の届く所までくるのかについては全くの謎。
もしダメだった場合、タックルを他の釣りに転用するわけにもいきません。
そんなこんなで足を踏み出すのをためらっていた私の背中を強く押してくださったのはやはり、男の縁側さんでした。
「ぜひこの釣りを体験してほしい。そしてミズダコがどの辺りまで南下しているのか探ってほしい。」と仰って、今シーズン初の獲物となったミズダコの足と、かつて一軍として活躍し、今は予備として保管されていたタックル一式、テンヤ、それにこの釣りには欠かせないギャフを送ってくださったのです。
こんな幸せな事があろうか!
これは是が非でも日本海に通いつめ、このご好意の塊であるテンヤを感謝を込めて引き倒さねば!
そしてこちらでも怪物ダコが釣れるということを実証し、山陰の海にわが師匠「男の縁側」さんの名前をとどろかさねば!
かくして準備は整いました。
あとは荒れ狂う日本海が一瞬だけ息をつくその日を、雪の中国山地が開ける日を決して見逃さぬように待つのみ!
ところで、マダコとミズダコはどちらが旨いのか?そう思われた方もおられるでしょう。
私の感想では、マダコが素材そのものの持ち味と歯ごたえを楽しむタコであるならば、ミズダコは他の素材をしっかりと受け止め、その調和を楽しむタコである。そう感じました。
別物なんですよね〜
・第二楽章 兵庫県 但馬海岸(1月24日) アダージョ・エネルジコ
1月30日、最初のチャンスがやってきました。
手ぐすね引いて待ち構えていた好日、初戦の舞台に選んだ兵庫県北部、香住の海への道を駆け抜けたのです。
その先にはきっと、山陰におけるパイオニアの座が転がっていると信じて!
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本場、新潟直送のミズダコ仕掛けとギャフ。比較にCDをおいてみました。 |
日差し柔らかく、波穏やかな「らしくない」波止の上にはチヌのフカセ、アジのカゴ釣り、ジギンガーと、割と人が居ましたが、その全ての人の度肝を抜いてしまった私のタックル。
ロッドは2、7m・200号負荷、穂先にローラーガイドを搭載したその名も「水ダコスペシャル」に船用両軸リール。
道糸は工業用ワイヤーで、先端には高知で入手した破断強度127kgのコークスクリューサルカンを、2Nサイズのダルマクリップで接続。
その先には更に太い1mほどのワイヤーリーダーが付いており、赤と銀の防鳥テープ+フラッシャー、15cmくらいのタコベイト、小さめのタコベイト、細長いプレート(ツノ?)といった派手派手のアイテムが取り付けられています。
そして全長30cm以上ある特大タコテンヤ。
頑丈な竹製のボディーには200号のオモリが固定され、2本×2個のフックが付いています。(実はこのテンヤは本場では小ぶりのやつなんだとか・・・)
テンヤの横には6本のネジが半分程度埋め込まれていますのでそこにタコ糸を結び、スーパーで買ってきた餌をしっかりくくり付けました。
男の縁側さんによると、新潟では餌にワタリガニを使うことが多いそうです。
カットして冷凍で売っているやつを数個一緒に縛り付けるということでしたが、その日は売っておらず、さらに買いに行ったのが早朝だったので冷凍サンマも売り場に並んでいませんでした。
そんな時に目に留まったのがサイラ干し(サンマの生干し)。(2匹入り298円を2パック購入、しかも1パックは使わずに終わったので、持って帰って食べました^^)
これの片身を切り離して、テンヤに搭載したのです。
また、腰にぶら下げた水汲みバケツの中には頑丈なロープにつながれたギャフが納められています。
直径16cm、8本のフックの落としギャフ。
もし外人がいたらきっと私にこう問うでしょう。「Are you Ninjya ?」
それでは第一投!
竿先にぶら下げた重たい重たい仕掛けを足元にドボーン! そして底に着いた仕掛けをズリズリと引きずりながら歩きます。
あくまでもゆっくり、ゆっくり。
男の縁側さんはこの釣りを「牛歩」と表現されています。そう、国会で行われている牛歩戦術の歩みだそうです。
私も今日は国会議員になったつもりでこの釣りに一生懸命取り組んでいくことにしましょう。
えっ、国会議員なんて職場では居眠りしてるか、せいぜい罵詈雑言しているだけだって? うん、ごもっとも!
では、国会議員が自分のために金勘定するように一生懸命やることとしますか。
結構な力を使って引きずっていくテンヤ、これがたまに動かなくなってしまいます。
こんな時は師匠の教えに従って竿先を一旦テンヤの上に戻し、真上に引っ張ると軽い根掛かりならスルスルとテンヤが抜けてきました。
針がしっかり掛かったようでもワイヤーを掴んで張ったり緩めたりしていれば、テンヤの前方の200号のオモリがテコのようになって見事に外れてくれました。
しかし釣り始めて100mも歩かないうちにどうにも外れない根掛かりに襲われてしまいました。
足元にはロープが入っているのが見えています。これに食い込んでしまったかのような感覚が伝わってきます。
一個しかない貴重なテンヤですので、私は慎重に外そうとしますが、なかなか外れてくれません。
ええい、強硬手段だ!とワイヤーを手にとって思い切り引っ張ってみると・・・おっ!ペリッと外れた!
ん?ペリッと!?そうです、タコがテンヤに掛かっていたのです。
そのまま波止の上に放り上げたタコはミズダコではなくマダコでしたが、950gありました。
なるほど、あれがタコの感触なんですね。
釣り師を最も成長させるのは最初の一匹。
これ以後、私はタコのアタリを次々と捉えられるようになりました。力強く歩みを進めて餌に食いつかせたタコは20杯ほど。
しかし取り込んだのは最初の900g〜490gまでの5杯のみ。
乗ってくるのはマダコのみで、タコのサイズが小さいのと、テンヤがあまりにも大きすぎるのとで、とにかく落ちる、すり抜ける、掛からない・・・。
まあ、マダコ自体想定していないので仕方ありませんな。
この日は本当に楽しい一日でした。
波止際をゆっくり行ったりきたりする釣りですから、途中で竿を出している人たちに声をかけたり、かけられたり。
皆さんゆったりとした方ばかりで、この日の快晴の空のような快適さ。
「タコはお祭りが好きなんかな?」とド派手な仕掛けでタコを掛ける私を楽しそうに見おられましたよ。
で、そのうちのお一人からミズダコに関する重要な情報を得ることができました。
この波止では未だミズダコは見たことがなく、そもそも海流の関係で兵庫県ではミズダコはあまり接岸しないようだということ。
その代わり、潮当りのよい丹後半島なら大丈夫。波止際で物凄いのを実際に目撃したことがあるということ。
この瞬間に次回の舞台が決定し、ターゲットとの距離がグッと近付いた、そう感じたのです。
・第三楽章 京都府 丹後半島(1月30日) アダージョ・ポコ・メスト
6日後、私は丹後半島にいました。ここは高知に行くよりはるかに遠く感じます。
天気予報は晴れマーク、降水確率は10%でしたが、現地は冷たい雨がシトシト降り続いておりました。
「弁当忘れても傘忘れるな」という地域ですので仕方ありません。
まずは丹後半島先端の東向きの波止で牛歩を始めますが、テンヤを落としてみるとビックリする深さ。
しかしながら波止の内側はロープだらけ、外側は巨大なゴロタ石なのか、テンヤを続けて3歩ばかりも引っ張ることができませんでした。
これはダメだとすぐに移動。
次の波止は歩ける距離はそこそこあるのですが、特に外側の水深が浅めでアタリも気配もありません。
むしろ内向きのほうをしつこく探り歩いたのですが、テンヤがムニュっと止まるのは波止の30mほどのエリアのみでした。
そのエリアでは多分3杯のマダコが代わる代わるテンヤにアタックしてきていたと思います。
しかし、サイズは前回よりもなお小ぶり。何度も何度もテンヤの板に乗って海面まで上がってきてはまた底へと戻っていきます。
結局450gを一杯だけゲットすることができたのですが、何かマダコにシーソー遊びを提供しただけだったような・・・
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丹後半島、新井崎からの冠島 |
またまた移動し、丹後半島の先端付近・地図を見て期待していた波止に到着しましたが、その期待は見事に砕け散りました。
ゴロタと海藻の林でとてもテンヤを引けず、ミズダコの姿もありません。こんなに浅くて底が丸見えだったらあんな怪物、居たら見えますって。
ええい、こうなったら丹後半島を一周だ!と、経ヶ岬を回ったところで、海の様子が一変しました。
今日は波高1.5mの予報?ご冗談を。
高波が押し寄せる本来の冬の日本海。これで竿を出せば命を取られます。
ただそれ以前に、この道具を使えそうな港自体が見当たらず。
今回最後に期待を寄せていた間人(たいざ)も工事中で入れず、空しく丹後半島一周旅行を終えたのでありました。
丹後半島は小さな波止ばかり。
この海域にターゲットが居るのは間違いないのに、この釣りに適した釣り場が無い。
これは困った・・・。
・第四楽章 京都府 舞鶴市(2月14日) プレスト・アッサイ
2月14日、バレンタインデー。
当然今年もチョコなんて物をくれる人などいませんので、せめてミズダコに慰めてもらいにいきましょうか。
ってことで、山陽道、中国道、舞若道を乗り継いで、今度は片道2時間半の道のりを舞鶴へ。
手早くサンマをテンヤに縛って第一投。
牛歩すること30m、テンヤがガリガリと岩の感触を捉えたと思ったら、そのままストップ。明らかに根掛かりです。
私は手順どおりにテンヤの真上に移動し必死に外そうとするのですが、よほど入り口の小さな穴に落ちてしまったのか、テンヤは細かく動いているのにも関わらず全く抜けてくれません。
大事な大事なテンヤですので、どうにか取ってやろうと30分近く粘っていたのですが、これでは埒が明きません。
こうなれば針が伸びるのを期待するしかないと覚悟を決め、全力を使ってワイヤーを引きますがビクともしません。
これでは軍手も手のひらも千切れてしまいそうなので、ギャフにワイヤーを巻きつけて、むぅぅぅぅぅ〜〜〜!!
ブチッ!
体が後ろに吹っ飛びそうになって、ようやく決着がつきました。
道糸の工業用ワイヤーが破断し、テンヤも集奇付きのリーダーも何もかもを失いました。
釣り始めてたった30m・・・、茫然自失。
折角来たのでマダコくらい釣って帰ろう。
ようやく気を取り直して、高切れで釣りに支障をきたす長さになってしまったワイヤーにマダコ用のテンヤをつなぎ、再び牛歩すること30m、テンヤは再び根掛かりに襲われました。
今度はフックが岩にガッチリと食い込んでいるようです。
ミズダコ用と違って、こちらはテコで外すわけにもいきません。
再び、ギャフにワイヤーを巻きつけて、むぅぅぅぅぅ〜〜〜!!
ブチッ!
今度はテンヤの頭の金具が破断しました。
餌はある、時間もある。しかし、もうテンヤはありません。
他の釣具もありません。行きがけに覗いた釣具屋にはマダコ用のテンヤすら売っていませんでした。
・・・・・・。帰ろう。
片道2時間半、釣りをしていた時間実質5分。
怪物を夢見たこの冬の挑戦はこの釣行のショックで幕を下ろしました。
次の冬までにはどうにか立て直そう。
私は再び挑戦するために竿を置くのだ! よみがえる、そう汝はよみがえるのだ。 |