・過酷すぎる帰り道
助手席には強烈な痛みに顔をしかめながら、不自然な体勢で身をよじる男がいます。
運転席には蓄積された疲れと眠気を押し分けながら、必死に先を急ぐ男がいます。
夏の日の正午前、灼熱の高知自動車道から高松自動車道へ、一台の車が帰っていきます。
痛がる男・香川県の「タマメさん」と、疲れた男・兵庫県の「風雲児」が坂出で合流したのはこの前日8月17日の午前8時のことでした。
この時、二人の前途は洋々としていました。なにしろ爆釣の記憶も新しいあの一年前の釣り、その時と同じメンバー、同じ場所へ向かっているのだから。
・あの時の場所へ!
一年前の釣りとは、言うまでも無くタマメさんと二人で挑んだ足摺岬・伊佐の磯でのシブダイ釣りを指しています。
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シブダイ(フエダイ)。
カメラの不調のため、昨年の画像を使用。
この頃は夜の撮影も苦にならなかったのに。 |
南九州の地方名でシブダイと称される魚 〜四国でいうところのアカイサギ・ナベワリ・アブラウオ〜 は、学名(厳密な法則に則ってラテン語で書かれる、世界唯一の正式な名称)を「Lufjanus stellatus 」(ルチャヌス ステラータス)、標準和名を「フエダイ」といい、南九州では絶大な人気を誇る磯のメインターゲットの一つです。
一方、四国では知られざる魚・・・だったはずが、タマメさんが聞いた話によるとこの一年の間にちょっとしたブームになっているんだそうな。
が、盆休み明けの平日の夜釣りにそうそう客が居るはずもありません。実際、この夜の足摺・伊佐は盆休みの替わりに夏季休暇がある私たち2人の貸し切りでした。
暑い時間の磯上がりを避けるため、私たちはゆっくり寄り道しながら港を目指しました。
・船長オススメ!コウロウバエへ
17日午後4時20分、私たち2人を乗せた岡野渡船は、未だ磯に上がるのも憂鬱になるほどの暑さに包まれている伊佐漁港を離れました。行き先は船長にお任せです。
この日は波高1.5mの予報に反してうねりが押し寄せてきており、西磯は厳しい状態ですので、岬を回って東磯へ。
港から20分の航海で、「浅いし、シモリがあって取り込みは難しいけどアタリの数は多い」と、この日の船長一押しの磯「コウロウバエ」へ到着しました。
この磯に上がっての第一印象は「足場の悪さ」でした。昼間にグレ釣りをするのであれば、むしろ足場のいい範疇に入るのでしょうが、夜釣りには相当辛そうです。
岩の表面は細かいデコボコばかりですし、非常に滑りやすくなっています。渡礁時は大潮の満潮前で使える足場は大きく制限されていますし、うねりが大きいために潮が引いた後もスペースは大して広がりません。さらには、ピトンを立てられるような穴や割れ目もほとんどありません。そして夜釣り特有の膨大な荷物を置けばほとんど足の踏み場もない状況です。
そんな中、タマメさんは沖向きにある衝立のような岩の北側、私は岩の南側に釣り座を構えました。
・本日はスロースタート
タマメさんが最初に取り出したタックルはキビナゴを餌にした探り釣り用のものでした。まだまだ明るいこともあって狙いはシブダイではなくアカハタだそうです。
一方、私は竿を取り出したものの、それを竿立てに突っ込んだまま、ぼ〜っとタマメさんの釣りを見学しておりました。私はフカセ釣りというか、ウキ釣り一本で勝負する気でいましたが、道中、窪川で購入した冷凍イワシブロック15kgが未だカチンコチンに凍っているため待ちぼうけをくらっていたのです。
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タマメさん、本命のシブダイ
をゲット!
でもカメラが終わってます。
フラッシュなんか焚いたら
白一色だし。 |
午後6時ごろになって私もようやくスタート。
まだまだ明るい海底へ落ちていく撒き餌のイワシにはシラコダイが群がり、サシエのキビナゴは齧られて小さくなって上がってきます。
隣のタマメさんは相変わらず竿を曲げ続けていますが、上がってくるのはホウライヒメジ等のオジサンの類やらササノハベラなど。特にオジサンはうんざりするほどの連続ヒットです。
実はタマメさん、先週友人と一緒にこの伊佐に釣行されており、その釣行では二人で20匹以上のオジサンの爆釣に遭遇してしまったということですが、それを上回らんばかりのペースでこの赤い魚を次々とリリースされていました。
それでもしっかり本命・アカハタを一枚釣り上げておられましたし、夕闇迫る7時12分には本命のシブダイまでゲット!まあサイズはどちらも可愛らしいものだったのですが・・・。
この頃から私のフカセ釣りにも魚が掛かるようになりました。通称キンメことゴマヒレキントキの登場です。
紅白まだらの魚体に金色の眼を輝かせたこの魚は定番とも言える夜釣りの外道。口が大きくてヒラマサ針14号など丸呑みで、早合わせをしても確実に喉の奥に掛かってしまいます。そのためハリを外すのが非常に面倒な上、刺々しい鰓、鰓蓋、硬く尖った小さな鱗で指先も見る間に傷ついていきます。
その引きはほんの一瞬だけ強く、その後はスルスルと水面に上がってパタパタともがきはじめるため、ライトを照らすまでも無くこの魚であることが分かってしまいますが、今年の「ほんの一瞬」の重みは去年のそれとは格段の差。サイズが一回り大きくちょっとビックリさせられてしまいます。
・夜の帳とともに
残光わずかとなった午後7時30分過ぎ、竿一本半ほど沖を漂っていたケミホタルの光がぼやけ、滲んでいきました。またキントキか・・・。
大して期待もせずに振り上げた腕を引き付けたところ一瞬で終わるはずの重みが消えません。それどころか両腕とロッドを一気に持ち去ろうとするような激しいカウンター攻撃が返ってきました。
何度かは竿を伸されそうになる瞬間もありました。しかし、基本的には4号竿と12号ハリスで圧倒し、比較的僅かな時間で水面を割らせることができました。暗闇の中で暴れる魚の種類はまだ分かりません。ただ、引き抜けるサイズでは無いことだけが分かっています。
「タモ・・・。」タモ網はその時、私とタマメさんの釣り座を隔てる岩の後ろに立てかけてありました。
魚を浮かせている水面に気を遣いながら、後ずさりして取りに行こうとするのですが、デコボコの足場と狭いスペースなのに所狭しと並べられた二人分のバッカン等の道具に阻まれて、なかなかタモ網に近づけません。
ようやく手にしたタモを伸ばし、駆けつけたタマメさんのヘッドライトの明かりのサポートの中で取り込んだ魚は、コロダイ61cm。本命ではありませんが、夜の大物釣りの一翼を担う好敵手です。やった!
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どうにか写ったコロダイ61cm。 |
ここまで探り釣りをしていたタマメさんも、この一枚を見て仕掛け変更。岩の向こうにピトンを打ち込み、ブッコミ釣りと、フカセ釣りとの二刀流で本命を狙うことにしたようです。
水深竿一本強というこの磯では幾度ものライト照射が悪影響をもたらした・・・かどうかは分かりませんが、私の釣り座では、時折40cmくらいのバラクーダ(オニカマス)が竿を引っ手繰るアタリを出す以外には、うんざりするほどのゴマヒレキントキの入れ食いがいつ果てるとも無く続くばかりです。
・そして事故が
状況は二刀流のタマメさんの釣り座でも同じでした。
午後9時前、タマメさんはフカセロッドに掛かったキントキをせっせと外しておりました。
その時、ガタン!という大きな音とともにその足元に刺してあったピトンが突然倒れ、ブッコミの竿が波打ち際に落下したのです。
反射的にフカセ竿を置き、ブッコミ竿を取りに行くタマメさん。夢中で踏み出したその足の先には磯靴をも軽くあしらうツルツルの岩がありました。次の瞬間、その体は空中を舞い、先行したブッコミ竿を追いかけるようにして波打ち際にお尻から落下しておりました。
素早く竿を回収し、押し寄せるうねりを避けて元の位置まで必死に這い上がってきたタマメさんの動きはそこで止まってしまいました。強打した臀部を抱えて、激痛に呻きながら立ち尽くすことしかできないのです。
「もしかすると尾てい骨が折れたか、ヒビがが入ったか・・・。」と話すその顔は時間経過に比例して青ざめていたに違いありません。帰り道のこと、仕事のこと、頭をよぎる様々なことをポツリポツリと口にしながら。
不幸中の幸いは落下した体が波打ち際で止まってくれたこと。
もしあんな状態で海の中まで到達していれば、磯釣り師の命綱・フローティングベストを脱いでいたタマメさんは最早、この世には存在していなかったことでしょう。
磯でベストを脱ぐ、股紐を外すということはすなわち、自然に対して「いつでも殺してくれ」と叫んでいるのと同じことなのです。
・入れ食い・・・なんですが
やがてタマメさんは釣りを再開されました。座れば激痛に襲われるけど、立っている分には大丈夫とのことで・・・。
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ゴマヒレキントキ。スズキ目キントキダイ科。
(もちろん去年の画像) |
私も釣り続けますが、上がってくるのは相変わらずゴマヒレキントキばかり。それを外し続ける私の指はすでにボロボロ。指の腹には結構深い切り傷もできて餌付け等で沁みる沁みる。
そのうち、キントキの鰓蓋の中にナイフを突っ込んで鰓の周囲に切り込みを入れ、労せずしてハリを外す方法を体得したものの、こんなことをやっていれば全部キープせざるを得なくなります。そして、クーラーがあっという間にキントキで埋め尽くされることが目に見えています。
それにもまして気力体力を奪うのは何といっても尋常ではない蒸し暑さです。
気温は30度からそう下がっていませんし、湿度も90%レベルだったと思います。そして、無風。
ウェア(と言うか、長袖速乾メッシュシャツ(580円)と、ペラペラのズボン(400円))はもとより、フローティングベストも汗で全体が水浸しで、絞ればどれだけの水が滴るか恐ろしいくらいです。
救いといえば蚊がほとんどいないことなんですが、小さな虫は無数におり、何か作業をしようとヘッドライトを点灯するや、顔中にまとわり付いて煩わしいことこの上ありません。
・銀河を見上げて
12時前、ついに私は何もかもに嫌気がさして竿を置き、岩山を越えて船付きに退去しました。
今年のシブダイはゴールデンタイムのはずの夕マズメ〜午後9時ごろよりもむしろ夜中ごろにポツポツと食う傾向があると聞いてはいるけれど、寝なきゃとてもやってられませんわ〜。前日はどうしても寝付けず、3時間弱の睡眠で朝の6時に家を出発していますし、帰りの運転のこともあります。タマメさんの状態を考えたら運転をお願いするのは無理だろうし・・・。
ところがこの磯、寝ようにも平らなところはどこにも無く、ギザギザの岩に斜面に座って無理やり眠るほかありませんでした。
そんな状態では当然熟睡できるはずもなく、10分程度の睡眠を3回ほど取れただけで、あとの時間は新月の夜を彩るまばゆいばかりの天の川や星座を形作る星々を見上げ、ペルセウス座流星群の光度の高い流れ星に心の中で歓声を上げながら、古代の人々が生み出した数々の神話や、星出さんたち宇宙飛行士や研究者たちが今まさに創り出している数多のドラマを思い浮かべて過ごしていました。
こうして午前1時過ぎまで伸びていましたが、体力が少しだけ回復したので体が痛くてたまらなくなったので釣り座に戻り、再び竿を握ることにしました。
すると、私と入れ替わるようにタマメさんが釣り座を離れ、2時間ほど帰ってきませんでした。
タマメさんは折りたたみ椅子持参でしたが尾てい骨の痛みでそれに座ることなどできず、中身を出したロッドケースの上にうつ伏せになって寝ていたそうです。
・後半戦は
さて、釣りの方です。
私が釣りを再開してからしばらくの間は、相変わらずゴマヒレキントキやバラクーダが食っていましたが、午前3時ごろになって、新月の夜空で一番明るい金星が昇って、海面に金色の帯を引き始めてからは、嘘のようにアタリが止まってしまいました。
エサトリが黙ったということは、本命魚の時合いか!?
しかしながらシブダイも一緒になって沈黙しておりました。ステラータス!お前もか!
午前4時半を過ぎると星々は急速に光を奪われていきました。金星や、先ほど昇ってきたばかりのオリオン座など、残っているのはもう僅か。
そしてケミホタルの明かりもまた水面から消えました。途絶えていたアタリが戻ってきたのです。
そろそろ眠りにつくであろうゴマヒレキントキ、私にとっては今回1匹目のホウライヒメジ、そしてシラコダイなどの昼のエサトリもちらほらと。様々な魚たちの活性が高まるラストチャンス。
しかし私は、こんな時に磯際への根掛りをやらかしてしまって、高切れ・・・。これによって仕掛け一式のみならず、心も折れてロストしてしまいました。そして仕掛けを再び作り直す気にはなれませんでした。
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太陽が出れば写るようですが・・・。 |
タマメさんの方はこの時間、探り釣りの仕掛けを使っておられました。それを投げ、底を広く探っていきます。
その剛竿が大きく煽られたのは周囲もすっかり明るくなった5時過ぎのことでした。
タモを持って駆けつけると、海面には50cm近いサイズのシブダイが踊っているではありませんか。
しかもタマメさんは数投後にも40cmをゲット。うわあ、竿を畳んだ途端に本命魚の連発かよぉ〜〜。
本日の迎えは6時ごろということなのでタマメさんもここで釣りを終え、夜の間に散らかったゴミ等を集めて船を待ち、重い体、痛い体を引きずってコウロウバエを後にしました。
・帰還したけれど。
そして冒頭の辛い辛い帰り道となったわけですが、タマメさんはやはり運転どころか助手席に座るのも辛いようで、椅子に斜めに座ったり、後ろ向きに座ったりして悶えておられました。
早く香川へ送り届けねば!私はその横で必死にハンドルを握り、どうにか無事に解散場所へ、そして兵庫の自宅へと戻ってくることができました。
さすがに仮眠は何箇所かで取りました。ただ、車を停めたことを記憶する前に眠ってしまうためか、目覚めた瞬間にビックリ仰天。「やってしもた!居眠り運転や!これで死んだ!」と飛び上がってばかりでした。
タマメさんの怪我が「打撲」であることが判明するには病院が開く週明けまで待たねばなりませんでした。
先生曰く、尻尾の痕跡である尾てい骨には柔軟性があり、折れたり、ひびが入ったりはしていないものの、その部分には神経が集中しているところであるため痛みは非常に激しく、長く続くことも多いのだとか。
とんだ災難ですが、とにかく一日でも早く痛みから解放されることを願うばかりです。
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今回の釣果。
部屋の中では写らない・・・。
補正してみてもこれが精一杯。 |
・おまけ 〜料理のことなど〜
今回私が持ち帰ることができたのはコロダイとゴマヒレキントキの2種のみです。
コロダイはそれほど美味しい魚というイメージを持っておらず、どう料理したものか?と悩んでいたのですが、渡船の船長のアドバイスに従って焼き切り(タタキ)にすると確かに旨い!船長オススメのポン酢でもいいし、塩タタキでもいけますね。
ゴマヒレキントキの方は、三枚におろしてから鱗と皮を一緒に引くと、旨みの強い刺身を楽しむことができました。
他にはネットで見かけた皮付きのまま焼いてからポン酢をかけながら食べるというものも試してみましたが、これは刺身と違って旨みよりも淡白さの方が際立つ感じで、臭いも少し感じられ、さらには舌が粉っぽくなるような妙な食感が不快に思えてしまいました。鱗がわずらわしいけど、素直に煮付けにした方がよかったかなあ・・・。
●足摺岬 (伊佐) ashizurimisaki
(isa) |
利用渡船 |
岡野渡船 |
出港地 |
高知県土佐清水市・伊佐 |
時間(当日) |
15時以降〜6時 (夜釣りは夏期のみ) |
料金 |
4000円 |
駐車場 |
無料 |
弁当 |
(600円)夜釣りは無し |
宿/仮眠所 |
民宿を経営 |
システム |
磯割り制(3交替) |
磯替わり |
夜釣りは無し |
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*データは釣行日のものです。間違いや営業内容の変更があるかもしれませんので、 必ず渡船店にご確認ください。(内容については一切責任を負いません) |
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