風雲児  烈風伝 外伝!
        ・兵庫県(主に西播磨)の蛾の世界(その1)
2021年 1月〜5月
 中国発のコロナウイルスの世界的大流行は未だ止まず、緊急事態宣言による釣行自粛を続けていますが、それによって釣りから離れすぎたことに加え、昨今の貧果の連続や未だに続くあまりにも濃密だった奄美大島釣行の後遺症も重なって、今の私はあんなに夢中になっていた釣りへの情熱と意欲が嘘のように消えてしまっています。
第一印象向上のためにサツマニシキ(マダラガ科)
に登場してもらいました。兵庫県でも記録
は一応あるみたい。(2020.10.20 高知県)

 釣りと入れ替わるようにして夢中になり、寝ても覚めても私の頭の中を占めてしまっているのが「蛾」の世界です。

 「日本一美しい蛾」と言われるサツマニシキを追って高知を走り回ったのは昨年秋。その頃の私の興味は昼間に活動する蛾、いわゆる「昼蛾」に限定されていましたが、そのサツマニシキの標本の乾燥が終わる頃には近隣の外灯を夜な夜な巡ってそこに集まる蛾を観察し、種類を記録するようになっていました。
 ただそれも、12月の中旬に入って寒波が襲来し、月齢も大きくなって蛾の集まりが悪くなったところで終了となりました。
 しかし、新年早々に偶然出会った1頭の蛾が運命を変えてしまったのです。
 
 令和3年1月3日、住宅の窓灯りに飛来したフユシャクの一種を見つけたので捕獲しました。フユシャクというのはシャクガ科(これらの幼虫がいわゆる尺取虫)に属する蛾のうち、「年1回、晩秋から厳寒期、早春にかけてのみ成虫が出現・活動する」「メスの翅は無いか、とても小さくて飛行能力を持たない」などの特徴を持ったグループの総称で、国内では現在36種が知られているのですが、捕獲したものを図鑑や専門サイトで調べ、蛾の研究者にも見ていただいて確定した種名にビックリ!関東地方と東北の一部、山梨、長野、岐阜、福井の各県、それより西では長崎県対馬以外に分布情報が見つからない「サザナミフユナミシャク」だったのです。
 この超ビギナーズラックによって私はフユシャク類の虜になってしまいました。それからは近くの公園に行って外灯や柵、杭、橋の欄干などを定点調査するようになり、特に1月20日頃から3月末までは風の日も雪の日もほぼ毎日通い続けることになりました。この真冬の宵の一人きりの観察は、在宅勤務の気分転換&健康維持活動には抜群で、知識欲は満たせるわ、ストレスは発散できるわ、美麗個体の標本作りに挑戦できるわ、科学の発展にちょびっと貢献できるわ、体重も減るわで、一石何鳥か分からない楽しすぎる時間でした。
 こうして今シーズン、兵庫県相生市だけで17種、豊岡市で出会えた「昼蛾」フチグロトゲエダシャクを加えると18種のフユシャク類を記録することができました。


 57日間にもわたって出現し続けた、わが町
のフユシャク類の最普通種、シロフフユエダシャク。
80頭近くが飛び交うような夜もありました。
フユシャク類の成虫は口が退化し、幼虫の時に
摂った栄養だけで生きています。厳寒期に食物や
水分を摂ると体内で凍ってしまいますので。
(2021.2.10 相生市)

 
冬の終わりを告げる蛾・ホソウスバフユ
シャク。
 翅に隠れてよく見えませんが、交尾中
の一コマです。杭の上や橋の欄干では、
♀が♂を引きずりながら産卵場所を探して
歩き回る光景がよく見られました。
(2021.2.26 相生市)
 兵庫県初記録と思われるサザナミフユナミシャク。
 あまりにも貴重な1頭にもかかわらず、壊滅的な
展翅技術によってボロボロにしてしまったことを
恥じるばかり。とはいえ、この1頭が私の冬を一変
させてしまったのです。
(2021.1.3 相生市)

 シャクガ科フユシャク亜科(シロオビフユシャ
クまたはクロバネフユシャク)(左)とシモフリ
トゲエダシャク(右)の♀。フユシャク類の♀は
翅が無いか、あっても小さくて飛ぶことができま
せん。その代わり結構素早く歩き回り、木の幹や
杭、欄干などに止まってフェロモン(におい)を
出し、♂を呼び寄せます。(2021.2.5 相生市)


 シモフリトゲエダシャクの♂。フユ
シャク類としては大きくて見ごたえが
あり、見つけるとちょっと嬉しくなって
しまいます。
(2021.1.21 相生市)

 早春の草原や河川敷に出現するフチグロ
トゲエダシャク。昼間に飛び回る異色の
フユシャク類です。その飛行は高速で忙し
く、待っていてもこちらの間合いには入っ
てこないわ、坂道の下に向かって追うと
枯草に紛れて見失うわと捕獲は大変。
坂をダッシュで駆け上がる体力が残って
いる間が勝負です。
(2021.3.11 豊岡市)
 わが町のフユシャク類のアンカー
を務めたシロトゲエダシャクが
交尾中。その姿を最後に見かけた
のは、ソメイヨシノが満開寸前
となった3月25日でした。
(2021.3.2 相生市)
 フユシャク類と同じように厳寒期に活動
するハイイロフユハマキ(ハマキガ科)。
2月には毎日のように姿を見ることが
できました。(21.2.7 上郡町)
 外灯に飛来していたヒロバモクメキリガ(ヤガ科)
まさに折れた小枝。断面が凄い!
(21.1.21 相生市)

 真冬の夜に活動する昆虫はフユシャクだけではありません。ヤガ科のキリガと呼ばれるグループの一部や、ハイイロフユハマキ、ヒラタマルハキバガ類といった小さな蛾たち、時にはクサカゲロウやテントウムシ、ツチハンミョウといった昆虫たちに出会うこともあります。そして2月も下旬を過ぎると種類も数も次々と増えていき、3月11日にはエゾヨツメ、翌日にはイボタガと、一部で絶大な人気を誇る「春の三大蛾」のうち2種も早々に登場。残りのオオシモフリスズメは暖冬でも平常運転らしく、初登場は3月29日でした。
 早春にだけ現れる魅惑の蛾・エゾヨツメ(ヤママユガ科)。
普段は翅を閉じて(立てて)止まっていますが、その中
には4つの眼状紋があり、角度によって美しいブルーに
輝きます。
(2021.3.25 相生市)
 イボタガ(イボタガ科)は春の三大蛾
として蛾好きには人気・・・なんですが、
見つけて悲鳴を上げる人も多い好き嫌い
の分れる蛾です。この個体にはありませ
んが、前翅に一つずつハートマークが
あったりする面白い蛾です。
(2021.3.12 相生市)
 日本一重たい蛾とも言われる巨大な
スズメガ、オオシモフリスズメ。戦闘機
みたいに飛び回りますが、重すぎるせいか
よく墜落します。そして触るとチイチイと
鳴き声を上げます。出現期間が非常に
短く、逃せば来年までお預けです。
(2021.3.29 相生市)

 日本に生息する蛾は約6000種だそうですし、私なんて蛾に興味を持ってからまだ季節が一巡していませんから、観察に行けば行くだけ新しい見たこともない種に出会うことができます。それを毎夜毎夜繰り返し、図鑑やネットを使って同定していかなきゃならないのですが、これがなかなか大変で、でも楽しくて仕方がありません。とはいえ3月を過ぎたころからは途方に暮れることも多くなってきました。
 外灯巡りだけでもえらいことなのに、他の夜遊びにまで手を広げるものだから・・・。

 2月ごろから定期的にやり始めた夜遊び、それはライトトラップによる蛾類調査です。
 かつてはガソリンなどを使った発電機+水銀灯などを用いた大がかりなものでしたが、今の流行りはレーザー砲みたいなHIDサーチライトとポータブル電源の組み合わせ。私の場合は、クワガタなどをターゲットとしている人達から絶大な信頼を得ておられる岐阜県の今峰さん作のHIDサーチライトを山肌などに向けて照射し、紫外線に幻惑されて集まってきた蛾などの昆虫をブラックライト投光器で白幕(100円ショップで220円もする高級カーテン)に誘導して止まらせて観察しています。このライトを使う際には人家や耕作地、交通などに影響を及ぼさないように細心の注意を払って場所を選定する必要があるため、運用不可能な場所が非常に多いですが、幸いなことにこの紫外線たっぷりのビームを思う存分ファイエルできる場所が近所に何か所か見つかったため時々ひっそりと運用しています。時には昆虫館のキッズサポーターたちと賑やかに。時には一人で落ち着いて。どちらのライトトラップもそれぞれ別のジャンルの楽しさがありますよ。ソロライトは寂しさや獣の足音の恐さも含めて楽しいんだなって思ったりすることも。(まあ、熊が出るような所ではそんなこと言ってられませんが。)なお、この状況ですのでグループライトの時は夕食は各家族それぞれの車内で食べ、フィールドではマスク着用厳守でやってますが、たとえソロライトであってもマスクなしではやってられませんわ。集まってきた虫にむせてしまいますから。

 まあとにかく、木々の芽吹き以降の条件のいい日はまさに虫を浴びるような状態になることが多くなっています。圧倒的に多いのはユスリカとガガンボ、トビケラなんですが、スズメガが来襲して暴れ、その翅で叩かれたカメムシが臭気を発するわ、ガムシなどの甲虫(こうちゅう)やシャチホコガが頭にガンガンぶつかるわ、誘導用のブラックライトの前では無数の毛虫や芋虫、小型のコガネムシやアメバチなどがホラー映画のようにうごめくわ・・・と、余程の虫好きじゃなければ一瞬にしてトラウマになり、虫嫌いになると思える凄まじさ。そんな中でやってきた蛾をカウントし、撮影し、時にはチャック袋等に入れてキープして、翌日にはそれらを延々と同定作業。それがもう苦しくもあり楽しくもありなんですが、なんでこんな趣味に走ってしまったんでしょうねえ(苦笑)

 一応釣りがメインのサイトなので地味エダシャクみたいな、あまりにもマニアックなものはスルーしますが、せっかくですので今年5月までに出会えた蛾の、ほんの一部を紹介しますので、蛾を見直すきっかけにでもしてもらえれば幸いです。(まあフユシャクとかフユハマキとか、マニアックなのを散々載せといて改めて言うのもなんですが・・・)
 
 月の女神アルテミスという学名(厳密
なルールに従って命名される世界唯一、
世界共通の名前。研究の進展により変更
されることも珍しくない。)を持っていた
オオミズアオ(ヤママユガ科)。
 止まっている姿は優雅そのものですが、
ライトトラップには落下するように飛来し、
ジタバタ、ドタバタともがいて跳ねて大騒
ぎになります。(2021.4.16 相生市)
 日本の蛾屈指の大所帯であるヤガ科には、
後翅の美しさで知られるカトカラという
グループがあります。そのカトカラの先陣
を切って現れるのがこのアサマキシタバ。
小型で、後翅の黄色もややくすんだ色合い
ですが、前翅にある桜の花びらのような
白斑がオシャレ!
(2021.5.17 相生市)
 美しいものもカッコいいものも多いスズメガ科
の中でも、屈指の美しさを誇るベニスズメ。
磯釣りの信号機軍団(アオブダイ、ヒブダイ
(キバンドウ)、ブダイ)と違って、ここに
並べた蛾の信号機軍団はいずれも大人気!
(2021.4.30 上郡町)
 こちらもスズメガ科の美麗種
ウンモンスズメ。緑色の「雲紋」
から時折のぞく後翅のピンクは
見事なもの。ただしこの美しい
緑色は標本では残せないそう
です。(2021.5.10 相生市)
 キスジツマキリヨトウ(ヤガ科)。
体こそ小さいですが、この模様と
色合いには目を見張るものがありま
す。一般的にはほとんど知られて
いない蛾たちの中から自分だけの
「推し」を見つけ出せるのも蛾類
観察の魅力だと思います。
(2021.5.14 上郡町)
 成虫で越冬し、真冬でも活動することがあるミツ
ボシキリガ(ヤガ科)が、2月初旬のライトトラッ
プに飛来。前翅にある白銀の紋により「ミッキー」
という愛称で呼ばれているそうな。写真補正の
関係で色が少し変になっていて、後翅前縁の金色
が表現できていないのが残念。(2021.2.6 上郡町)
 鮮やかな緑が魅力的なアシ
ブトチズモンエダシャク(シャ
クガ科。この緑も標本にすると
黄変してしまうので、こんな
鮮やかな個体に出会えたときは、
しっかりと目に焼き付けておか
ねばなりません。
(2021.4.3 上郡町)
 リフレクターのような銀紋
が面白いウスイロギンモン
シャチホコ(シャチホコガ科)
この辺には普通にいるんです
けど、思わず「おっ!」と声
を上げてしまう、そんな蛾
です。
(2021.5.4 上郡町)
 体に金色っぽい鱗粉を散らし
たアオバシャチホコ。
シャチホコガ科の幼虫は体を
そらしたシャチホコみたいな
恰好をするものが多く、育て
てみるのも面白そうです。
(2021.4.3 上郡町)
 パステル系の配色と、ボールペン
を試し書きしたような模様が面白い
ベニヘリコケガ(ヒトリガ科)。
幼虫は地衣類を食べるそうです。
(2021.5.24 相生市)

 ウスベニトガリバ(カギバガ科)。兵庫県では
1999年の大屋町での2例しか記録が無いようです。

ということは、これが3例目?早春にしか発生しな
いので目につきにくいけど、ネット上に他県の記録
は多いし、発表されてないだけであちこちにいるん
じゃないのかなあ?と先の2例を発表された先生と
同じ感想を抱いてます。名前の通りの薄紅色が
可憐!(2021.3.19 上郡町)

 白いCの形の紋があるシーモンアツバ
(ヤガ科)。かなり小さいですが、白地に
金色を散りばめた和服のような美しさ!
全国的に稀な種だそうで、香川県では
絶滅危惧T類となっています。
 このライトトラップに飛来した個体の他
にも5月15日に佐用町昆虫館周辺の車道脇
(周囲は杉林)のスイーピングで1頭捕獲
できてます。(2021.4.24 上郡町)
 チャオビトビモンエダシャク(シャクガ
科)。兵庫県では2015年に採集されるまで
公式な記録が無かった
そうですが、それ以降
報告が相次いでいる蛾です。私の観察地点で
も3月中旬ごろには毎日のようにいて、1日
の確認数も最大8頭に達しました。増加の
原因は温暖化?いやそれは無いでしょう。
元々の分布は北海道、本州(中部地方以北)
とのことですから。注意して探す人が増え
たのかな?(2021.3.2 相生市)
 蛾には面白い形をしたものも多くいます。これは頭の先にある
下唇鬚(かしんしゅ)とかパルピと呼ばれる器官がこれでもか!
というほど発達したテングアツバ(ヤガ科)。7月ごろに羽化し、
そのまま成虫で越冬します。(2021.3.19 上郡町)
 オカモトトゲエダシャク(シャクガ科)。この飛行機みたいな奇妙な
止まり方をする蛾が灯火にやってきたら、長かった冬も間もなく
終わりです。止まる時はこんなんですが、翅を広げるとけっこう普通
な感じ。(2021.2.21 上郡町)
 前翅の翅頂(角の部分)がカギのように曲がるものが
多いカギバガ科の一種、ギンモンカギバまたは
ウスイロカギバ。この2種は外見では区別できない
ものがいるそうです。こんな顔のキャラクター、
いそうですよね。(2021.5.14 上郡町)
 丸まった枯れ葉・・・じゃなくて、これ、蛾を横から見た所なんです。
そしてこの立体的なデザインが、実は平面に描かれているって信じら
れますか?野生生物ナンバー1のトリックアートの達人、ムラサキ
シャチホコ(シャチホコガ科)が演じる、驚きの擬態です。
(2021.5.4 上郡町/5.25 相生市)

 ライトトラップや灯火にやってくるのは、当然、蛾だけではありません。次は番外編です。

 これは秋に羽化して成虫で越冬するキリギリ
スの仲間、クビキリギスです。4月終わりごろ
から草むらなどでジーーーーというような
大きな連続音を出しているのはこの虫です。
アゴが発達していて、「噛みついたら首が取
れても放さない」なんて言われます。さすが
に試したことはありませんが。
(2021.5.14 上郡町)
 コカブト。本州にクワガタはかなりの種が
分布しているけど、本州にいるカブトムシの
仲間(コガネムシ科カブトムシ亜科)はお馴
染みのカブトムシとこのコカブトだけ。とい
っても大きいものでも2.5cmほどで、角も小
さく、カブトムシと言ってもなかなか信じて
もらえませんが。
肉食性が強いので、飼うときは要注意。
(2021.4.3 上郡町)
 国産のゴホンヅノカブト・・・というのは
もちろん嘘で、これはゴホンダイコクコガネ
という虫。隣のコカブトよりカブトムシっぽく
文句なしにカッコいいですが、残念なことに
体長は大きくても1.5cmほど。動物のフンを
片付けてくれる糞虫(ふんちゅう)の一種で、
人より鹿の方が多いこの辺りにはたくさん
います。体についているのは泥汚れでしょう。
きっと。(2021.5.8 たつの市)

 そんなわけで、最近は釣りをせずにこんなことをして過ごしております。こうやって手にした蛾の定点調査記録をまとめて発表したり、2022年度に行われる兵庫県版レッドリスト改訂のために情報提供したりして。

 集落の周りの丘も森も奥深い山中も、わずか1か月先、2か月先には膨大な化石燃料を使って二酸化炭素を排出しながら無残に切り払われ、削り取られて、所有者不明の黒い不毛の広野に変わっていても不思議ではない時代だからこそ、今見られる蛾をしっかりと見届け、記録として残していこうと思っています。

 また季節が進んで、いいものが観察できたら報告します。
 いや〜、釣りをしている暇がないわ、これ。(どうせそのうち行くでしょうけどね。)
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